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ピザ竈

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恐 怖

サイトなどを作ろうと思い作業しているが、なにやら収拾つかなくなって早くも('A`)マンドクセになってる某195です。

それはともかく、こないだ仕事帰りに携帯電話が鳴ったのですよ。
いつもの癖で、誰からの着信かも見ずにそのまま出てみますと。
「もしもし」
「おい、お前。奴がどんな奴だかもう知ってるんだろ」
名前も名乗らずにいきなり喧嘩腰の声。なんだなんだ。
「はぁ・・・?」
「はぁ?じゃねぇよ。俺は今、奴のおかげで酷い目にあってるんだ。お前は奴の正体に気付いていながら、よくノウノウとしてられるな」
奴とか俺とか、よく話が飲み込めない。
つか、あんた誰ですか?
「あの、どちら様ですか?」
「俺が味わってる苦しみは、お前が一番良く知ってるはずだ。俺は奴を許すことは出来ない、お前も同じだろ?」
ふと、ここで、この声に聞き覚えのあることに気付く。いつ聞いたんだっけ?俺の知り合い?にしては、随分失礼なやつだな。
「悪戯なら切りますよ」
「お前がやらないなら、俺があいつをやる。俺の受けた苦しみをそのまま奴にも味合わせてやる」
やるとかやらないとか、また物騒な話だ。
「あの・・・」
「お前にも、俺の受けた苦しみを思い出させてやるからな」
電話が切れた。
そのとたんに、俺は電話の相手の声が誰だか思いだした。
・・・俺の声だ。あれ?でも、なんで、俺の声が・・・?
着信履歴を見る。
自分が過去使っていた電話番号。
そして、着信日時

2002年10月2日

3年前の自分。
電話の主は、過去の自分だったと気付いた。














以上の話はフィクションです。
ホントの話だと思ったあなた、こんなことが現実にあってたまるか。

怖かった?怖くなかった?ごめん、あまり怖くないね。コレが俺の限界orz

まぁ、それはともかく、実際あったら怖いことは確実です。
何が怖いって、理不尽なことが起きるということもサルことながら、過去の自分が今、現れると言うこと。
過去の自分は、今の自分より明らかに理性が足りません。今の俺よりも子供だから、ずっと感情で動きます。
苦しんでいる過去の俺が今の俺を見たら・・・そして、事情を全て知っていたとしたら・・・。

殺すとか言いかねないです。



怖いものは、大体「変化」です。
日常だと思っていたものが、いつの間にか別のものに変わっている。コレに対して、人は大体恐怖を感じます。
いきなりの事故、親戚の死、何者か知れないものの襲来。
これらは「変化」です。
それによって、人が行動を起こし、ついにはその「変化」を、さらに「変化」させる。
それがドラマになり、人に感動を与えるわけです。
感動というのは何も涙するだけでなく、ショッキングな感動もあれば、血湧き肉踊るような感動もあります。
「変化」が起こると、人は大体感情が動きます。
それによって「恐怖」を感じた人は、動き出し思いもよらなかった展開にさらに「恐怖」します。
それで、鳥肌が立ちます。
面白いものを見ると、鳥肌が立つのはそう言うことです。
娯楽の持つ面白さというのは、根本に「恐怖」があると俺は思っています。






って、また思いっきり話がずれた(`Д´)



最も怖いのは「死」でも「何か分からない」物でもありません。
何より怖いのは「いつの間にか変わっていながらもそれに気付かない自分自身」だと俺は思う。
それは・・・生きていながら「自分が居なくなる」ことに他ならない。
実際、俺はそうなりそうになった。
詳しく書くと、京極夏彦並みに長くなるからアレとして。

たった一人の人間を異常なまでに信じたために、逃げるという選択肢も阻まれて無限地獄の中にいた俺は「あ、このままだと死ぬ」と思い至って、逃げたら殺すと聞かされていながら、逃げることを選択した。
ほとんど宗教だけど、実は宗教じゃないんだけどな。
つまり、自分が存在をなくす「死」は、実際の「死」よりも恐ろしい。


って、考えてみりゃ、そいつが本気で「殺す」って言ってるわきゃないんだがなw
気付けよ俺orz
つか、俺自身本気で信じていたと思ってたけどホントはそんなことなくて、本気で殺されると思ってたかどうか結構怪しいけどw

こんなこと書くと、何もかも台無しだ


過去の俺が今蘇ることも「変化」だ。
今の情報を得た俺が、過去の感情のまま動き出すということは・・・・今なら許せることが許せない可能性が大いにある。
いや、俺は許さん。
許すもんかばかやろう。











モチツケ






まぁ、そんなわけです。
俺はいつも「変化」を意識して描いたりしてます。
「境目」ですね。
布と肌の「境目」。日常と非日常の「境目」。生と死の「境目」。
これらは「恐怖」を呼び起こし、結果的に「感動」を呼ぶと俺は信じてます。





過去の自分に犯されるイメージ
20051002220453.jpg












ごめん、あんま怖くないね。
つか、怖い画ってどう描けばいいのか?




















つか、今日の話は

俺が勝手にわめいてる持論だから気にするな('A`)

描いたことが整理されてないうえに、またすげー長くなったなorz
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  1. 2005/10/02(日) 22:09:45|
  2. 未分類|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:3
<<釜戸に火が点いた! | ホーム | お、女の癖に生えてやがる!>>

コメント

おお~

フィクション部分を思いっきり信じ込んでびっくりしてたでーるです。

って私にとっては話は十分に怖かったですよ?;;
  1. 2005/10/03(月) 00:17:40 |
  2. URL |
  3. でーる #-
  4. [ 編集]

人は常で変化して、それを受け入れざるを得ない。
その過程での「変化」=「恐怖」の受け入れ方や容量は人それぞれでしょう。
ところで私は、「変化」は自己よりも周囲に依存する方が多いものだと思います。
周囲が自分に「変化」を起こさせるものであるから。
変化への恐れから周囲を変化させないための適度な自己の不変への固執も重要なものです。
が、その「変化」しないでいようとする自分こそが気付かない変化を続ける最も怖いもの、つまり自分の存在をなくす「死」だということでしょうか?

…とまぁいろいろ推測して、自分でも殆どわからないことを書いてみたり。

まぁ話を戻して知ったかというか素人の言うところの稚拙な意見というか。
小文のほうは「携帯」という簡単に逃げることのできる媒介だけで恐怖を表す事は難しいので、その電話がかかってきた当時の周囲の状況や精神状態の模写を詳しくすることで臨場感が現れるのではないでしょうか?
絵のほうも殆ど描けんですが…明暗の明を減らし、線を黒く細かく沢山描いたら……いいのでしょうか?
ごめんなさい。なんかいろいろ言って見たかっただけです。全部素人以下の駄目駄目な意見なんで聞き流しちゃってくださいな(;^ω^)
  1. 2005/10/03(月) 22:42:28 |
  2. URL |
  3. 666 #jxKqfq1Y
  4. [ 編集]

>>でーる氏
このくらいで怖がってちゃ駄目ですよ、フフフ

>>666様
どうも、真面目な返答有難うございます。
「変化」というのは、良い方に転ぶにしろ悪い方に転ぶにしろ「恐怖」の対象であると思うのです。
常に目の前に出てくる「変化」は、正体不明であることも多い。どうなるか行動してみるまで分からない。これは怖いわけです。
もちろん、行動しないと悪い方向に行くということが分かっている「恐怖」もあります。
人は恐怖を感じることによってのみしか、行動を起こしません。(これは、あらゆる感情の根本が恐怖であるということが前提ですw)
「変化」による「恐怖」のために行動を起こす。それによって、自分自身も「変化」していく。
その「変化」はおのおの、成長したとか、失敗したなど、何かしらの自覚を持ちながら人は「変化」に対応していきます。つまり、行動することによって、「変化」の対する「恐怖」を軽減しようとするわけです。
行動すれば何かしら結果が出ます。良いにしろ、悪いにしろ結果が出て「変化」の正体も見えればそれは「恐怖」ではなくなります。
しかし、問題は「変化」が終わらず、結果も出ないで、延々とその「変化」に自分自身が気付かないとなった場合。
これが一番怖いのです。

自分自身がどうしたら分からないまま正体不明の「変化」に対応しようとしていくうち、自分自身が一体何なのか、自分自身の「変化」の正体も分からなくなっていく・・・。
しかも自覚がない。
これが、ホントに行き着くところまで言ったときに、自分の存在の正体も分からなくなる、「存在の死」に繋がります。
どう生きたらいいのか、どうしたらいいのか、自分は何なのか、ホントに分からなくなる。
俺が経験したのはそう言うことだったのです。
・・・って、分かったかな(汗
俺もちょっと説明が下手orz


あと、ご意見どうもありがとうございます。
うう、これだけの短い文だとちょっと難しいかもしれませんね。
ブログ一回分丸々使いそうだ(汗
まぁ・・今後の課題ですねorz
  1. 2005/10/04(火) 00:00:38 |
  2. URL |
  3. 某195 #-
  4. [ 編集]

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